2003年4月10日木曜日

バグダッド制圧で勢いずく「勝ち馬乗り主義」の愚

_______
2003.4.10

バグダッド市内が制圧されて、アメリカは勝ち誇り、日本に於いてもそれに同調して「やった、やった」と喜ぶ人たちもいる。識者という連中は「戦争すればたいへんな事になる」と物知り顔で言っていたが大したことはなかったではないか、バグダッド市民は現に喜んでいるではないかとその人達は言う。でもちょっと待って欲しい。事実たいへんな惨事は既に発生しているのであり、また本当にたいへんなのはこれからなのだから。

まず「たいへんな事にはならなかった」というけれど、今まででもう十分なたいへんな事態である。自分の国を守ろうとしただけの兵隊を含めれば数千人のイラク人が殺されており、多くの一般市民も悲惨な目にあっている。たいへんな事である。これ以上何が必要なのであろうか。町々は破壊され、病院は民間人の死傷者で埋まっている。復興には10兆円のお金がかかるとも言われている。誰が元通りに直すのか。

それ以上の大きな問題は「これから」である。シラクがずっと言ってたように「戦争に勝つのは簡単だが、その後どうする?」ということだ。イラクは今やタガがはずれてしまった桶みたいなもんでどうなるかわからない。サダムの「鉄の規律の強制」でようやく一つにまとまっていた国だったのだ。「恐怖政治」は悪いけれど「混乱」はもっと悲惨。既にして町は略奪やり放題らしい。シーア派とかクルド人もどう動くか未知数だ。中東はもともとそういうところと言えば見も蓋もないが、こういう国で民衆を「解放」し、「民主的な国」を建設するというのは全く簡単な事ではない。それを承知の上で「イラク国民の解放」とか「民主主義化」とか言っていたのだったら戦争正当化の方便と言われても仕方がないだろう。本当に民主的な政権を選挙で選べばイラク国民の多数を占めるシーア派のアヤトーラ(お坊さん)が国家元首に選ばれる。イラクのイラン化でありそれは困るだろう。アメリカはとにかくサダムさえ追い出せば満足でバース党や共和国防衛隊などの国内治安統制を担う強権システムは出来るだけそのまま残す腹とも聞く。だったら頭が変わっただけの「サダムなきサダム体制」ということで民衆にとっては以前とあまり変わりはないだろう。それで「解放」されたことになるのか。戦費は1000億ドルに上るという。イラクの石油生産量は最大限に見積もっても500万バーレルだ(現状200万バーレル)。国民を食わさねばならないし、全部アメリカが独り占めにしたところで、10年たっても戦費の元もとれない。詮合理的な戦争ではないのである。ツケは国連を経由して日本に回ってくる。

テレビでは米軍のバグダッド制圧を「笑顔で迎える」民衆の姿が放映された。でもこれを持ってこの戦争が正当化できるというのはあまりにも短絡的である。第一今朝見たところではせいぜい数百人だ。かりにこれが一部の市民じゃなく全員がそうだったとしても、開戦以来食料の輸入が止められていたからお腹がすいているし、とにかく爆弾が落ちてこなくなったことで素直にうれしいんだと思う。でも食料の輸入の停止や爆撃はアメリカがやっていた。民衆は「戦争が終わったので」喜んでいるのだと思う。またサダムに99%の信任投票をしたぐらいの国民だから、新たな権力者に迎合しているだけかもしれない。本心はどうか全くわからない。

日本でも同じことが見られた。広島長崎に原爆落とされていても、また東京大空襲で一晩で10万人殺されていても、マッカーサーが來たら仕方なく従った。「解放された」という前提で生きるしかなかった。散人は別に「ウヨク」じゃないし、新しい前提で育った人間だけれど、そのへんの屈折した思いはまだ残っている。だからイラクの戦争を見るとどうしても日本の終戦直後にダブらせてしまうので嫌な気持ちにさせられる。アメリカのネオ・コンはあれだけ強く抵抗した日本でも占領してしまったら国民はアメリカの言う事を聞いた。だからイラクでも大丈夫だと言ったらしいけど、正直不愉快で腹が立つ。日本の場合、この「屈折した屈辱感」を戦後の復興と経済成長に邁進する事でポジティブなものに昇華させることが出来たけれど、イラクの場合はどうだろう。あまり経済成長を期待できる環境にないし、サダムの時代は農地解放や石油の国有化で結構いい暮らしが出来ていたから今更それほど生活程度の改善は期待できないし、侵略者に対するネガティブな恨みとしてずっと残るんじゃないだろうか。外のアラブ世界では嫌米感が渦巻いて盛り上がっている。アフガンではまたタリバンが現れて外国人を殺し始めている。欧州でもアメリカの評判は地に落ちた。これだけ短期間の間に烈しくアメリカのイメージを失墜させた大統領は珍しい。

日本で米英軍のイラク侵攻を「よくやった」と見る人は、無意識に同じことを米軍が北朝鮮でやってくれないかと期待しているのかもしれない。でも本当に「予防的措置」として米軍が北朝鮮に「乗り込むか」といえば(彼等が侵略戦争を始めれば別だが)あり得ないのではないか。イスラエルとは関係ないし、石油もない。また米国は中国との関係を壊したくない。第一韓国が承知しない。だからそんなことを期待しているなら裏切られることになるだろう。まあ少しの間北朝鮮はちょっとおとなしくはなるかもしれないが、彼等も馬鹿じゃないから(或いは本当に馬鹿だから)米軍は来るわけないと思ってる。だから彼等の瀬戸際外交は続くだろう。アメリカが正義の鉄槌を日本の思うとおりに振り下ろしてくれると期待するのは甘い。

日本の今やらねばならない事は、みっともない「勝ち馬乗り主義」で世界の笑ものとなるのでもなく軍事力を付ける事でもない。まず自国の経済を立て直し、確固たる経済大国の座を取り戻す事であろう。やはりお金がないと肩身は狭いし発言力もないのだ。お金がないと自立できないし行動の自由もない。アメリカを「殿ご乱心」と諫める事すら出来ない。

0 件のコメント: